菅谷神社 埼玉県比企郡嵐山町
埼玉県比企郡嵐山町菅谷に鎮座する菅谷神社(すがやじんじゃ)。
鎌倉時代初期にこの地を治めていた畠山重忠公が祀られています。
畠山重忠といえば、一ノ谷合戦の「ひよどり越え」で愛馬三日月を背負って崖を降りたという勇猛な武将。
平氏や木曽義仲、奥州藤原氏との戦いで数々の戦功を挙げ、将軍源頼朝の信任も篤く、有力御家人として鎌倉幕府を支えました。
頼朝の死後、幕府の実権を独占しようとする北条氏が他の有力御家人を次々と謀殺していきます。それは、畠山重忠にも襲い掛かってきました。
1205年6月22日、鎌倉に変ありとの知らせを受け、急ぎ手勢130余騎を引き連れて鎌倉に向かいましたが、二俣川で待ち伏せていた北条勢数万と遭遇。
この時、すべて謀略であることを重忠は知りますが、臆することなく敵に臨みました。
享年42歳。後世、鎌倉武士の鑑と称えられた武将の悲劇的な最期でした。
神社の由緒書き。
鳥居をくぐり参道へ。
長い参道。途中にはブランコなどの遊具がありました。
拝殿。
この佇まい好きです。
参拝後は境内を散策。
こちらは本殿。拝殿の裏に回ると見ることができます。
稲荷神社。
稲荷神社の隣りには津島神社があります。
社務所脇の神楽殿。
敷地にはベンチが並んでいます。祭りでは何かステージがあるのでしょうか。
天手長男神社。
天神神社。
倉庫には神輿が2基納められています。
鳥居を出て道を挟んだ公園には厳島神社がありました。
閉鎖されていて中には入れませんでした。
西口から徒歩10分程です。
ここから国道254号線へ行くと畠山重忠ゆかりの菅谷館跡と埼玉県立嵐山史跡の博物館がありますので、立ち寄ってみてはいかがでしょうか。
けっこう楽しめますよ。
菅谷神社のアクセスはこちらです。
鬼鎮神社 埼玉県比企郡嵐山町
2月3日、埼玉県比企郡嵐山町の鬼鎮神社(きぢんじんじゃ)に行って来ました。
鬼鎮神社は、「鬼」を神様としてお祀りしている珍しい神社。
日本全国でも青森県弘前市、大分県大分市、福岡県添田町の「鬼神社」と鬼鎮神社の4社しかありません。
創建は1182年(寿永元年)。鎌倉幕府初期の有力御家人畠山重忠の居館である菅谷館の鬼門除けとして建立したと伝えられています。
鬼が神様なので節分祭の豆まきの掛け声は「福は内、鬼は外」ではありません。「福は内、鬼は内、悪魔は外」なんです。
東口を出て徒歩で向かいました。
この日は快晴でしたが、気温が低く風が強い日でした。
節分祭は午後3時からですが、混雑する前に神社を撮影したかったので午前11時に訪れました。
駅から徒歩12分程で到着。
神社の脇の道路には屋台が出ていました。
まずは鳥居をくぐって参拝。
どうです?この拝殿。
赤鬼と青鬼が描かれた額。そして屋根瓦には鬼の面の瓦が。凝ってますね~。
鬼と言ったら、当然あれですよね。
金棒!
賽銭箱の隣りにもありました!
武運長久の御利益があるそうで、願いが叶うと金棒を奉納する伝統があるとのこと。
他にも受験合格の御利益があり、合格祈願の絵馬が飾られていました。
社務所で御朱印をいただこうとしましたが、御朱印はやっていないそうです。
残念…。
参拝後は、神楽殿横で川島婦人会の方が作った甘酒をいただきました。
値段は100円。
ご馳走様でした。冷えた体が温まりました。
拝殿の隣りでは豆まきの舞台を設営中。
風が強いので紅白幕を張るのに苦労しています。
節分祭まで時間があるので畠山重忠ゆかりの菅谷神社と菅谷館跡、埼玉県立嵐山史跡の博物館を訪ねました。
博物館は、2月19日まで「戦国を生き抜いた武将たち」という特別展が展示されています。歴史に興味のある方は立ち寄ってみて下さい。
節分祭30分前。人が徐々に集まってきました。
午後3時、神楽殿の裏の方から雅楽の笛の音が聞こえてきました。
横笛を吹いた2名の奏者を先頭に、赤鬼と青鬼が参道を通って登場しました。
プロレスラーの入場シーンを連想しました。
拝殿に入ると、まずは拝殿内のお祓いをします。
そして、豆まきが始まりました。
「福は内、鬼は内、悪魔は外!」の掛け声。
豆の他にみかんやお菓子などがまかれました。
神楽殿からも豆がまかれます。
10分程で豆まきは終了。
楽しい時間はあっという間に終わってしまいました。
拝殿横の社務所では、豆まきを終えた鬼さんが記念撮影に応じていました。
100個限定の福豆セット(700円)をゲット。
規模は小さいながらも、とっても良かったです。
ほとんど近所の人たちで、小学生からお年寄りまで楽しんでいました。
こういう地域のお祭り、大切に残したいですよね。
駅からも歩いて行ける距離なので、一度ご覧になって下さい。
毎年2月3日、午後3時に行われます。
鬼鎮護神社のアクセスはこちらです。
それでは、また。
南宮山(伊賀小富士)山頂の浅間社を参拝
敢國神社を参拝した後は、南宮山の山頂に鎮座する末社・浅間社を目指しました。
南宮山の標高は350m。富士山と同じ円錐形をしていることから「伊賀小富士」と呼ばれており、山頂には敢國神社の末社・浅間社が奉祀されています。
御祭神は、木華咲耶比咩命(このはなさくやひめのみこと)です。
登山口は、敢國神社表参道の鳥居を出て左へ行ったところにあります。
しばらく歩くと、「NHK伊賀TV中継所登山口」と書かれた標識がありますので、ここから入山します。
山道は、けっこう落ち葉が堆積していました。ところどころ、泥濘があります。
これから電車と新幹線に乗るので転びたくはありません。慎重に歩を進めます。
朽ちた杉の幹から生えた巨大な野生キノコ。
ゆるい坂道が続きます。
山の中腹辺りでしょうか。傾斜がきつくなってきました。
しかも倒木が多くて進路がわかりにくい。
さらに傾斜がきつくなってきました。
落ち葉が多くて滑りやすい。
浅間社と矢印が書かれた標識を発見。
きつい坂道はなくなりました。
木の枝に付けられたリボンの道標に従って進みます。
もう20分以上歩きっぱなし。
山頂はまだか!?
松の木に縛り付けられた折れた標識がありました。
山頂はもうすぐなのか!?
走りました。
2分後、鳥居が見えた!
ようやく浅間社に着きました!
約30分かかりました。
浅間社の祠。
浅間社に隣接する敷地にはTV中継所の電波塔があります。
電波塔の横からの眺望。けっこう良い眺めでしたよ。
下山する前に、津駅構内のパン屋で買ったクリームパンを食べながら、しばし風景を堪能しました。
無事に下山し、佐那具駅に到着。
南宮山の往復時間は約60分でした。
旅行のときは運動不足になるので、いい運動になりました。
傾斜がきつい坂道は、下りるときは注意して下さい。
登るとき以上に落ち葉で滑りやすくなっています。
4日間の伊勢志摩の旅、終了しました。
機会があれば、また訪れてみたい。
次はどこの神社に行ってみようか。
それでは、また。
伊賀国一の宮 敢國神社
2016年12月。伊勢志摩の旅4日目の最終日は、伊賀市にある敢國神社(あえくにじんじゃ)を訪れました。
3日間お世話になった津駅前のホテルをチェックアウトし、津駅を出発。亀山駅でJR関西本線に乗り換え、敢國神社の最寄駅である佐那具駅を目指しました。
津駅から約1時間30分程で佐那具駅に到着。
電車は比較的混んでいましたが、ここで降りたのはわたくし一人だけでした。
佐那具駅舎。
駅前の道路を左に進みます。
柘植川に掛かる橋を渡ります。
橋を渡ってしばらく歩くと大和街道に出ます。三重銀行が目印ですよ。
大和街道に出たら右へ進みます。
街道はこんな感じ。
街道を進んで行くと山出銀店の看板がありますので、ここを左へ行きます。
道路沿いに西方寺というお寺があります。
西方寺を過ぎると国道25号に出ます。
交差点を渡り、そのまま真っ直ぐ進みます。井関農機の看板が目印です。
西濃運輸を過ぎます。まだまだ歩きますよ。
10分程歩くと左右に分かれる道がありますので、右に進みます。
道なりに進んで行くと千歳交差点があります。
交差点に出ると、敢國神社の案内看板がありました。
交差点を渡って道なりに進んで行き、名阪国道の高架下を抜けます。
道路沿いには敢國神社と書かれた赤い幟が、一定の間隔で立てられていました。
幟が道案内となっていますので、とても助かりますね。
さぁ、敢国神社はもうすぐです。
高架下を抜けると、道沿いに立っている神社の幟の色も赤から5色のカラフルなものに変わっていました。
あれ!?こちらは裏参道でした。
向かいは駐車場となっています。
表参道は、裏参道を過ぎて少し進んだところにありました。
敢國神社の大鳥居。
手水舎。鳥居をくぐってすぐ右手にあります。
境内正面の石段を登り、まずは拝殿へ向かいました。
第八代孝元天皇の嫡男の御子で、第十代崇神天皇の御代に四道将軍のひとりとして北陸地方の平定を任され、平定後伊賀の地に永住しました。
拝殿の敷地のスペースが狭いため建物全体を撮ることはできませんでした。
社務所で御朱印をいただいた後は境内を散策。
境内にある桃太郎岩。安産と子授けの守護の霊岩だそうです。
550年前に、前方にそびえる南宮山上に鎮座する浅間社から遷したと伝えられています。
子授け神。
縁結びの神として信仰厚い、むすび社。
鳥居をくぐって石段を登って行きます。
神明社。
大石社。
こちらは、市杵島姫神社。
姫神らしく朱塗りの鳥居と社が見事に映えます。
伊賀が生誕の地である松尾芭蕉の句碑がありました。
「手鼻かむ音さえ梅の匂ひかな」1688年、芭蕉45歳の作だそうです。
この後、帰りの時間までまだ余裕があったので南宮山頂にある末社浅間社を目指しました。
こちらは次回で報告します。
それでは、また。
九鬼嘉隆ゆかりの鳥羽城跡と賀多神社 三重県鳥羽市
2016年12月、伊勢志摩の旅3日目。
安楽島の伊射波神社と満留山神社を訪れた後は、バスで鳥羽駅に戻りました。
時刻は11時30分。
鳥羽駅でランチをとることに。
そういえば、朝はコンビニの菓子パン1個だけだった。
お店選びに迷いましたが、大海老フライで有名な「漣(さざなみ)」へ。
ランチタイム前でしたので、並ばずに入れました。
数量限定のプレミアムランチとビールで至福の時間を堪能♪
ご馳走様でした。
人気店らしく、この後満席状態に。
昼食後は、お店の前にある鳥羽城跡の城山公園を訪れました。
織田信長や豊臣秀吉に仕えた九鬼水軍の将、九鬼嘉隆が築いた城跡です。
公園からは鳥羽湾が一望できます。
天守閣跡へ向かう途中にある石垣。
天守閣跡。
うーむ、見晴らしは良いですが、特に何も無い(苦笑)…。
鳥羽小学校の運動場として使用されていたそうです。
鳥羽駅に戻る途中、賀多神社(かたじんじゃ)の案内板が目に留まりました。
どんな神社なのでしょうか。
とりあえず、行ってみました。
商店街の中を歩いて行きます。
とても静かな商店街。昔ながらの個人商店がほとんどです。
コンビニを過ぎると住宅街になります。
住宅街の中に、賀多神社がありました。
看板の矢印通り右へ曲がると、
賀多神社がありました。
鳥居をくぐり、まずは拝殿へ。
素朴ですが、良い雰囲気のある神社。
本殿の背後には鳥羽三山のひとつ日和山(ひよりやま)があります。
日本で初めての無線電話が神島・答志・日和山で行なわれた記念碑があります。
わたくしは今回登りませんでしたが、ここから見ることのできる鳥羽湾の眺めも素晴らしいそうです。
神社の右脇に登山口がありますので、参拝後に行ってみるのもいいですよ。
境内には、明治以降の戦争で亡くなった氏子や近在の方の慰霊を祀る祖霊殿と豊栄稲荷神社があります。
境内を撮影していると、掃除をしていた神主さんが話しかけてきました。
境内の一角にあるスペースは、組立式の能舞台を設置する場所だそうです。
組立式舞台は江戸時代中期に作られ、全国で唯一のものだそうです。
今では、県の有形文化財に指定されています。
舞台の他にも、能楽で使用する能面や衣装なども神社の宝物とされています。
お話しを聞くと舞台の設置には日数や費用もかかり、かなり大変とのこと。
本当は常設して観光客や参拝者を増やしたいそうですが、全国で唯一の組立式能舞台。お役所が首を縦に振ることはありませんよね。
そして、境内の入り口にある樹齢400年の千本杉。
鳥羽城主・九鬼嘉隆は、豊臣秀吉の朝鮮出兵のときに、軍船「日本丸」を境内の大樹を材料に建造しました。
朝鮮から凱旋帰国した九鬼嘉隆は、報恩のため境内に杉を千本植樹しましたが、現在はこの一本だけが残ったことから千本杉と呼ばれるようになりました。
神主さんからの説明によると、朝鮮出兵のときに初めて日本国の国旗である日の丸の旗が、この日本丸で使用されたとのことです。
また、日本丸の船首部分にあった龍の形をした船首象は、伊勢神宮の宝物殿に保管されていましたが、太平洋戦争で空襲を受けて焼失してしまったそうです。
最後に、当神社は映画ゴジラが初めて日本に出現した場所として一部のマニアの聖地となっています。
ゴジラが復活した架空の島大戸島にある神社の神楽シーンは、賀多神社で実際に行われている神楽を映画に使用したそうです。
シン・ゴジラ公開後は、巡礼に訪れる人が増えてきたとのことです。
駅から歩いていける距離ですので、興味のある方はぜひ訪れてみてください。
それでは、また。
満留山神社 三重県鳥羽市
明けましておめでとうございます。
今年も各地の神社を訪れて、ブログで紹介したいと思います。
宜しくお願いします。
さて、伊射波神社の参拝を終えた後、満留山神社(まるやまじんじゃ)を訪れました。
そう、あのお婆ちゃんお勧めの神社です。
どんな神社なのでしょうか。
安楽島舞台の右脇に鳥居があります。
けっこう急な階段を登ります。
階段は68段あるそうです。
この階段の傾斜わかりますか?
石段を登りきり、境内に到着しました。
鳥居をくぐると左手に手水舎があります。
こちらは拝殿のようです。
伊射波神社の拝殿に似ていますね。
出入口も引き戸になっています。
中に入って参拝します。
寒い日は、本当にありがたいですね。
本殿の造りも伊射波神社そっくり。
この後、一人の地元の方と思われる方が参拝に訪れました。
拝殿の外から本殿を撮影。
この本殿を含め境内の建造物は比較的新しいですね。最近建て替えられたのかな。
本殿を撮影していると、先程参拝に来られた、氏子の代表を務めているという地元の方に話しかけられました。
色々とお話を聞き、満留山神社は二年前に式年遷宮を執り行ったそうです。
どうりで綺麗だなと思いました。
境内にある石垣は昔からあるそうで、よく見ると石のひとつひとつが人の顔に見えてくるそうです。
積まれた石垣の中に上に突出した石は、大黒様に見えるとのこと。
氏子の方々は、この満留山神社と伊射波神社 に奉仕しており、伊射波神社へは月に1回足を運んで清掃や修繕をしているそうです。
最近では境内にイノシシが出没して苦労していると仰っていました。
社殿をはじめ神社へのルートの維持管理、大変ありがとうございます。
わたくしたちが道に迷わずに参拝できるのも、こうした氏子さんの方々の奉仕のおかげです。
さて、帰りのバスの時間まで1時間以上ある。
周囲にはお店がなさそう。
「かめや」さん近くの海水浴場の砂浜で、ぼーっと海を眺めのんびり待つことにしました。
こんな時間なかなか取れませんよね。
この後は鳥羽駅へ向かいます。
それでは、また。
志摩国一の宮 伊射波神社
伊勢志摩の旅3日目は、三重県鳥羽市安楽島(あらしま)にある伊射波神社(いさわじんじゃ)を訪れました。
5時29分、近鉄名古屋線・伊勢中川行きの電車に乗り、津駅を出発。
伊勢中川駅のホーム。
まだ夜明け前なので暗いです。
鳥羽駅には6時46分に着きました。
バス乗り場の鳥羽バスセンターに行き、時刻表を確認すると7時5分発の安楽島行きのバスが無い!
一番早い時間で10時31分!?
改札口に戻り、駅員さんにバス乗り場を尋ねるが、先程行ったバスセンターを案内されました…。
時間が無いので、バスを諦めてタクシーで向かうことに。
※後で調べたら、近鉄鳥羽駅の出入口2に鳥羽駅バス停がありました。
7時5分発の安楽島行きのバスはここから出発しているようです。
安楽島バス停までのタクシー料金は1,690円でした。
(運転手さんには安楽島舞台までと伝えると分かりやすいようです)
タクシーを降りると、運転手さんと散歩中のお婆ちゃん二人から伊射波神社への行き方を教えていただきました。
お婆ちゃんは、伊射波神社を「かぶらこさん」と呼んでおり、バス停から直ぐにある満留山神社にもお参りするよう勧めてきました。
お婆ちゃん、色々教えていただき、ありがとう。
最後に「かぶらこさんは、とても良いところだからゆっくり楽しんで」という言葉が、胸にジーンときました…。
※満留山神社へは、伊射波神社参拝後に訪れました。
それでは、伊射波神社へ向かいましょう。
バス停にある安楽島舞台の左脇の道路を進んで行きます。
しばらく歩くと、旅館「かめや」さんがあります。
「かめや」さんの間から海が見えました。
道案内の標識がありますので迷わないで行けそうですね。
その前に、神社にはトイレが無いとのことなのでトイレを借りに右へ行きます。
さっきのお婆ちゃんに教えてもらった通り、海水浴場のトイレがありました。
トイレは、きちんと清掃されていて、とても綺麗でした。
矢印の方向に進みます。
紛らわしいですが、道路に書かれた矢印は美和ロック海乃家への案内です。
この矢印に惑わされず、真っ直ぐ進みましょう!
竹林沿いの細い道。
奥の方に白い幟が見えてきました。
幟を右へ。
さらに竹林が広がる道を通ります。
峠道。時折、強い風が吹いてきました。
峠を越えると、海が見えてきました。
進んで行くと、道は、車道と歩行者近道の二手に分かれます。
徒歩なので歩行者近道を行きます。
歩行者近道は、山道となっています。
この道の先は、車道と合流しています。
車道と合流したら、右へ進みます。
伊射波神社まであと640m。
この道の先には、
海が待っていました!
この景色、最高でした!!
堤防沿いの道を進んで行くと、一の宮参道に着きました。
奥は行き止まりとなっています。自動車で通れるのはここまで。
右の坂道を下ります。
坂道を下りると、
伊射波神社の鳥居がありました。
鳥居の背後は海です。
鳥居を撮影するときは、海に落ちないよう注意して撮影しましょう。
鳥居をくぐり、石段を登って行きます。
第二鳥居付近の石段は、段差も不規則になっています。
上り下りとも足元に注意してください。
第二鳥居。
ここからは石段もなく、なだらかな道となりますので歩くのは楽でした。
幟が見えてきました。
境内に到着。
拝殿。独特な造りですね。
引き戸を開けて、拝殿の中に入ります。
強い風が吹いているので、室内に入れるのはありがたいです。
参拝者は、わたくしだけ。
自由に撮影できるのは良いが、ちょっと寂しい。
本殿。
伊射波神社は、天照大神に仕えていた稚日女尊(わかひめのみこと)を加布良古岬に祭祀したことが創祀とされ、志摩地方の海上守護神として信仰されてきました。
稚日女尊の他に、伊佐波登美尊(いさわとみのみこと)、玉柱屋姫命(たまはしらやひめのみこと)、狭依姫命(さよりひめのみこと)の四神を御祭神として祀っています。
参拝後は、加布良古岬にある領有神(うしはくかみ)へ向かいました。
領有神の道の入り口。
みごとな原生林が広がっています。
原生林の道を抜けると、鳥居が見えてきました。
領有神のご神体です。
岬の樹木の間から望むこの光景も絶景でした。
陽の光を全身に浴びてパワーが漲ります。
お婆ちゃんが言っていた通り、とっても良い神社でした。
景色を眺めながら歩いても、片道約30分くらいで辿り着けます。
特に、早朝参拝がおすすめですよ。
ぜひ行ってみてください。
あと、一部舗装されていない歩道を通ることや、石段もけっこう険しいので底が滑りにくい靴を履いて行ってください。
御朱印は、宮司さんの自宅にお伺いしていただくことができました。
拝殿内に案内図が用意されています。
時間によっては、不在の時もあります。
ちょうど、この日は在宅されていてラッキーでした。
お婆ちゃんお勧めの満留山神社は、次回に。
それでは、また。