金運アップのパワースポット金蛇水神社へ
金運アップ!金蛇水神社
竹駒神社の次に訪れたのは、同じ岩沼市に鎮座する金蛇水神社(かなへびすいじんじゃ)。この神社は、金運アップのパワースポットとして有名な神社です。
御祭神の金蛇大神は、古くからこの地に祀られていた水の神様。古来、龍や蛇は水神の化身とされており、財力、生命力、生業の神様として多くの信仰を集めています。
金と蛇。もう、金運のご利益すごそうですよね。
鳥居をくぐると、みごとな藤棚があります。
この藤は、何と樹齢300年!1本の株から9本の枝が分かれていることから「九龍の藤(きゅうりゅうのふじ)」と呼ばれています。
藤棚を抜け、境内へ。
手水舎でお清めし、社殿を参拝します。
いや~、雰囲気のある良い神社ですね。
社殿横の境内には蛇の形が浮かんだ石が並んでいます。
珍しいので写真を撮っていると、
わたくしの後から来た団体客の皆さんが、次々と財布を蛇石にタッチ!
むむ、何かのおまじないか?
話を聞くと、財布で蛇石を撫でると金運のご利益を受けることが出来るのだとか。
ならば、わたくしも。
他には、金のうんちにとぐろを巻いているユニークな蛇のミニチュアが奉納されています。
境内社の金蛇弁財天。
財力と知恵、技芸向上の神様として篤く信仰されています。
さすが金運アップで知られるパワースポット。平日の午前中にもかかわらず参拝者がひっきりなしに訪れていました。
蛇石はとても人気なようです。
興味のある方は訪れてみてはいかがでしょうか。
最後に、お腹が空いたので神社の駐車場近くにある「工房水神そば」さんで、ソフトクリームといそべもちを。
いそべもちは、ぜひ食べてみてください。おすすめです。
金蛇水神社へのアクセス
竹駒神社 宮城県岩沼市
日本三大稲荷のひとつ竹駒神社
5月24日、日本三大稲荷のひとつ宮城県の竹駒神社を訪れました。
仙台から最寄りの岩沼駅へ。ここから徒歩で向かいます。
竹駒神社の創建は、承和9年(西暦842年)。
小倉百人一首で有名な小野篁(おののたかむら)が陸奥守として着任した際、京都の伏見稲荷を勧請して建立しました。
人間生活の基本となる衣食住の守護神である倉稲魂神(うかのみたまのかみ)、保食神(うけもちのかみ)、稚産霊神(わくむすひのかみ)の三柱を祀っています。
東北地方では、陸奥國一の宮の塩竈神社に匹敵するほど初詣に訪れる人が多いそうです。
表参道の鳥居。
二つ目の鳥居をくぐると松尾芭蕉の句碑があります。
広い境内には、立派な松の木が数多く植えられています。
この参道はいいですね!
たくさん並んだ赤い幟旗と狐の石像がたまりません。これぞ稲荷大明神って感じ。
参道を進むと、岩沼市の有形文化財に指定されている隋身門があります。
江戸時代の文化9年(西暦1812年)に建立。総ケヤキ
で造られた重厚な二階門。彫刻や意匠は、江戸後期の秀作といわれています。
神号額は、仙台藩七代藩主伊達重村公の筆によって書かれたもの。
門の左右には、隋神と神使の白狐が奉安されています。
隋身門の脇にある神池には、たくさんの鯉が泳いでいました。
この神池にも狐がいますよ。
隋身門の奥に控える唐門。こちらも岩沼市の有形文化財に指定されています。天保13年(西暦1842年)建立。
隋身門同様、こちらの彫刻も見事。
そして、迫力ある巨大な提灯。
唐門をくぐると正面に社殿があります。
拝殿内ではちょうど御祈祷が行なわれており、太鼓の音が鳴り響いていました。
拝殿奥にある本殿。
拝殿の左側には、奥宮へ行く地下通路があります。
地下通路を進んでいくと、壁にお稲荷さんが。
「元宮跡」と書かれている。
前社殿は平成2年11月21日、過激派の放火によって炎上焼失。現社殿は平成5年に再建されました。
元宮跡を奥に進むと神使である神狐をお祀りする命婦社(みょうぶしゃ)があります。
命婦社の上に奥宮があります。突き当りの階段を上ります。
こちらが奥宮です。神職さんの清掃が終わるのを待って撮影させていただきました。
奥宮をお参りした後は、境内社をお参り。
左から北野神社、秋葉神社、出雲神社。その他の境内社は修理中でした。
出雲神社は、出雲大社の約8分の1のサイズです。
境内南側の御新田と宇賀神社。
残念ながら、ここから先は入れませんでした。
最後に、裏参道へ。
さすが塩竈神社に匹敵するほどの初詣客を集める神社。とても雰囲気のある神社でした。
この後は、同じ岩沼市にある金蛇水神社へ。
それでは、また。
竹駒神社へのアクセス
鹿島御児神社 宮城県石巻市
5月22日、田代島の観光後、日和山へ。
日和山は、標高56m程の小高い山。
かつて、松尾芭蕉や石川啄木、宮沢賢治などの文人や、大河ドラマ「武田信玄」の原作者で作家の新田次郎も訪れました。公園内には、日和山に訪れた文人たちの歌碑や句碑などが建立されています。
山頂には、鹿島御児神社(かしまみこじんじゃ)という立派な神社がありました。
小高い山とはいえ山なので、このような急階段を登ります。
山頂からは太平洋を一望できます。
公園にある案内板によると東日本大震災時、多くの人々が日和山に避難し命の山となったそうです。
境内からの眺望も素晴らしい。
平日の午後にもかかわらず参拝に訪れる人がいました。
創建年代は不明ですが、延喜式神名帳に記載されていた歴史のある古社。
鹿島神宮の主祭神・武甕槌命と、その子である鹿島天足別命(かしまあまたりわけのみこと)の親子二柱をご祭神としてお祀りしています。
拝殿は、昭和45年に鉄骨コンクリート製に改築されたもの。本殿は地震の影響で基礎部分が亀裂したため解体されてしまいました。
境内神社のひとつ天満宮。
稲荷神社。お供えの卵や油揚げは、カラスがいたずらするので参拝後は持って帰ってください、との注意書きが。
稲荷神社の脇に佇む稲荷社。
えっ、ブロックの上ですか!?
中世には葛西氏がここに居城を構えていたそうです。
残念ながら葛西氏は、豊臣秀吉の奥州仕置によって改易されてしまいました。
公園からは、北上川も望むことができます。
観光客が食べていた名物の二色餅が美味しそうだったので、わたくしも買って食べました。こちらは境内で販売しています。
石巻に訪れた際は、ぜひ寄ってみてください。
それでは、また。
JR仙石東北ライン「石巻駅」より徒歩20分。
猫の島で有名な田代島を再び訪れました。
猫の島で有名な田代島へ再訪!
田代島の猫に会いに行きたい!
という訳で5月22日、仕事を終えてバスタ新宿から23時50分発の夜行バスで仙台へ向かいました。
午前6時前の仙台駅はまだ人が少なく、とても静かです。
4番線から6時26分発の快速仙石東北ラインで石巻へ。
石巻駅には1時間程で到着。
ちなみに、田代島にはお店がありませんので駅のコンビニでごはんや飲み物を準備してください。
今回は、徒歩で網地島ラインのフェリー乗場まで行きました。
バスで行く場合は、網地島ライン行きが8時30分にあります。駅の近くにバスの切符売り場がありますので、事前に切符を購入しておくと便利ですよ。
北上川沿いを歩いて向かいます。沿岸は、依然として工事が続いている。この辺りはまだ家があります。
港付近は一面工事現場ですね。歩いている人は、わたくしだけですよ。
ようやく網地島ライン乗場の案内看板が見えました。
この信号機を左に進むと到着です。
こちらの建物の中に切符売り場や待合室があります。
トイレやコインロッカーもありますよ。
券売機で往復切符を購入。混雑時は、窓口でも切符を買うことができます。
待合室には島の散策マップと時刻表、田代島ガイドが置いてありますので、こちらを手に入れておくと便利ですよ。
田代島ガイドは、猫スポットが写真付きで案内されていますので、大変わかりやすいです。
午前9時、ブルーライナー号で田代島へ出発です!
前回に比べると観光客はかなり少ない。
見晴らしの良いデッキ席に座りましたが、出港すると海風が冷たい。長袖のパーカーなど羽織れるものを持ってくればよかった。半袖とハーフパンツでは寒かった!
田代島に到着!
仁斗田港に到着しました。
港付近に設置された待合所にある猫用のボックス。
中で食事中の猫がいました。
この他に、もう一匹黒猫がいましたよ。
田代島も護岸工事の真っ只中のようです。
島でクロネコ堂を運営している猫大福さんが設置した案内板。大変わかりやすいですね。
猫スポットのひとつ、ポンプ小屋付近の猫達。
草むらで気持ちよさそうに寝ている猫を発見。
起こさないように写真を撮りました。
ガイドに載っている猫スポット以外にも、猫が普通の道路にいたりします。皆、人懐っこい。
次の猫スポットに移動するまでけっこう足止めされます。
続いて、阿部ツ商店にいる猫達。
そういや、このお店開いているのを見たことが無い。
毛づくろいに夢中。
阿部ツ商店を過ぎると、更に人懐っこい猫がいました。
この子は喉を鳴らしてスリスリしてきました。猫好きにはたまりませんね。
そして、島内一の猫スポットであるマンガアイランド。
うーむ、前回に来た時と比べて猫の数が少ない…。
流しの下に一匹いた!
テーブル席で昼食を摂ろうとすると、猫が一匹寄ってきました。
袋の音を聞くと、あっという間に四匹に増えました。人の食べ物に興味津々です。
やっぱり野良ちゃんですね。菓子パンのクリームが付いた指を甘噛みではなく、本気で噛んできましたよ。
けっこう痛かったので注意してくださいね。
田代島の猫は、本当に面白い。
皆、マイペースで過ごしています。
流し台で毛づくろいをしている子。お気に入りの場所のようですね。
テーブルでリラックスしている猫。
こちらの方は完全に無防備状態ですね。
これを見ると猫になりたい!と思ってしまいます。
猫と遊びながら良い景色を眺め、のんびりと時間を過ごす。最高ですね。
帰りの時間までマンガアイランドで過ごすのも良いのですが、せっかくなので猫神社をお参りしなくては。
猫神社をお参り!
マンガアイランドから猫神社に行く途中、道路の真ん中で堂々と毛づくろいをしている猫。なんて恰好をしながらしているんだ。危ないですよ。
こちらは熟睡中のようです。
猫神社に到着。
猫神社らしく、たくさんの猫の置物があります。
あれ、左奥は犬の石像ですか?
猫神社にいる猫。こちらも人懐っこいのですが、突然喧嘩を始めました。仲良くしてね。
さて、帰りは13時15分のフェリーに間に合うように仁斗田港へ向かいました。
このお昼の時間帯、とっても良い光景が見られました。
それは、お昼寝です。
皆さん、熟睡しています。
近づいても起きません。
仁斗田港近くのトイレ付近にいた仔猫。
この子はまだ人馴れしていませんでした。母猫の後をついています。
フェリーを待つ間、現地で民宿を営んでいる方とお話しをしました。猫の数が少なかったのは、暑い日が続いたため出てこなかったとのこと。
涼しい朝の時間は、漁のおこぼれをもらおうと港に猫が集まってくるそうです。
この光景見たいな~。次回は島の民宿に宿泊したいと思います。
猫好きの方は、ぜひ一度訪れてみてください。
それでは、また。
網地島ラインへのアクセス
JR仙石東北ライン「石巻駅」下車、徒歩30分。
中山神社 さいたま市見沼区中川
レイラインで有名なパワースポット中山神社(中氷川神社)へ
5月18日、さいたまスーパーアリーナけやき広場「春のビール祭り」に行く前に、中山神社を訪れました。
グーグルマップで検索すると、さいたま新都心駅からは徒歩44分です。
往復約1時間30分か。この後ビール祭りで地ビールを飲む予定なのでカロリーを消費しておくにはちょうど良い距離かも。
首都高速埼玉新都心線沿いを歩きます。芝川に近づくにつれて、高架下には見沼たんぼ固有の生態系を復元するために整備されたというビオトープがありました。この区画にはキツネやタヌキの他、ホオジロなどの野鳥が多数生息しているそうです。鳥はけっこういましたね。
芝川を渡ると田畑が広がるのどかな風景。
ようやく一の鳥居に到着。
土地勘がないと迷いますね。
形は両部鳥居。幅は狭い。車が通るには厳しいため横に道路が設けられたのでしょうね。
ここから真っ直ぐ進んで第二産業道路を渡ると神社への入口があります。
静かで良い雰囲気の参道ですね。
二の鳥居。
かつては中氷川神社と呼ばれていましたが、明治40年7月、山村神社などを合祀して社名を現在の中山神社に改めました。
中氷川の由来は、見沼に面した高鼻、三室(浦和)、中川の地に氷川社があり、高鼻に鎮座する大宮氷川神社と三室に鎮座する氷川女體神社の中間にあったことから中氷川と名付けられたそうです。
ご祭神は、大己貴命(おおなむちのみこと)。大国主神の異称で、素戔嗚尊と奇稲田姫の子孫です。
この関係から、素戔嗚尊を祀る大宮氷川神社を男体宮、奇稲田姫を祀る女體神社を女体宮、子孫の大己貴命を祀る中山神社を簸王子(ひおうじ)宮とも呼んでいます。
また、この三社は一直線に並んでおり、レイラインとしても有名なパワースポットです。
緑に囲まれた境内はとても静寂でした。何だか心地良い。
こちらの狛犬は雌でしょうか。子供にお乳を飲ませているような感じ。
社殿前にある小さな石碑。「御火塚」と刻まれています。
毎年12月8日に鎮火祭という、炊き終わった炭火の上を素足で渡り無病息災や火難がないよう祈願する神事が行われていましたが、現在は中断されているようです。
こういう伝統行事は残してほしいですね。早く復活してほしいです。
社殿。ちょうど御扉が開けられていましたので中を拝見。
後ろに参拝者が来ていることも気づかず、しばらく見入ってしまいました。
現社殿の裏にある覆屋の中には、奥殿(旧社殿)が保管されています。
社殿の祖形といわれる見世棚造りから流造りに発展していく過渡期の遺構だそうで、室町末期から安土桃山期にかけて建てられた最古の建造物です。
5月4日に女體神社をお参りしたので、いつかはお参りしたいと思っていた神社。規模は小さいながらも良い佇まいの神社でした。
さて、この後は春のビール祭り!お参りしたので美味しいビールが飲めました!
※ビール祭りの後、大宮氷川神社にもお参りしました。
中山神社のアクセス
さいたま新都心駅東口より東武バス「富士見ヶ丘」下車、徒歩2分(片道210円)
北斗神社 長野県諏訪市
登ってみるべし!北斗神社
4月27日に、諏訪大社上社前宮から本宮に向かう途中に寄った北斗神社を紹介します。
ご祭神は、天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)。
「古事記」の天地開闢で、天と地という世界が初めて誕生したときに現れた五柱の神々の一柱。男女の性別が無い独神(ひとりがみ)で、天地開闢の際、そのまま身を隠してしまったとてもシャイな神様です。
見てください!この急傾斜の200段ある階段!
鳥居をくぐると、このような看板が。
可愛い顔して挑発している!
よ~し、登ってやろうじゃないか!
手すりが無いので、きつい…。
高いところ、あまり得意ではありませんので気を引き締めて登ります。
訪れた日は、補強工事の最中でした。
作業員は、この階段を毎日上り下りしているのでしょうか。尊敬します。
最上部に到着。
文政8年(西暦1825年)、諏訪大社下社秋宮を造営した宮大工、立川和四郎富昌に学んだ白鳥弥四郎が手がけたものと伝えられる本殿。
造営や修築に、この急坂を資材を担いで登った当時の人々は凄い。
ここから諏訪市全域が展望できます。
あまり長居しては工事の邪魔になるので帰ります。
さて、下りはもっと神経を集中せねば。
無事に下りることができましたよ。
足腰に自信のある方は、ぜひお参りしてみて下さい。
それでは、また。
氷川女體神社の祇園磐船龍神祭に行ってきました
龍神祭と祇園磐船祀り
5月4日、見沼の地域ガイド主催の龍神行列ツアーに参加し、氷川女體神社の祇園磐船龍神祭(ぎおんいわふねりゅうじんさい)を見てきましたので、ご紹介します。
この日はゴールデンウィーク真っ只中。さらに浦和レッズの試合や近隣でイベントがあるため道路は渋滞。予定時刻を30分ほど遅れて路線バスがようやく来ました。
総持院のバス停で下車し、見沼代用水沿いから見事な竹林が広がる斜面林の中を歩き、龍神行列のスタート地点である国昌寺へ。
いざ、龍神行列!
国昌寺の山門。この門から龍神行列が出発します。
山門の欄間にある龍の彫刻は、左甚五郎作と伝えられています。
この彫刻には、見沼の主である龍が封じ込められており、あるとき、葬儀で門を通った棺が急に軽くなったので中を見てみると空になっていました。村人たちは彫刻に封じ込められた龍の仕業ではないかと噂し、以後門は閉じられるようになったそうです。
境内にはビニール製の龍がスタンバイ中。
住職さんがお経を唱え、龍神祭が始まりました。
続いて、地元の竜神会の方々がご焼香します。
そして……
開かずの門が開き、龍が登場しました!
先ほどのビニール製の龍と違うタイプ。この龍の後にビニール龍が登場し、2体で練り歩きます。
龍神祭のときは開かずの門を通ることができるようです。貴重な体験!
龍神行列は見沼代用水東縁から見沼大橋を練り歩き、氷川女體神社へと向かいました。
女體橋ではご婦人達が和太鼓を鳴らして龍をお出迎え。
見物者が続々と境内に入っていきます。
先に神社に到着した龍神は、いったんひと休み。
それにしても、以前訪れたときは閑散としていた境内に、こんなに人がたくさん来て賑わっている。お祭りって良いですね。
祇園磐船祀り
午後になり、公園の隣にある磐船祭祭祀遺跡へ巫女さんたちが移動します。
祭祀場には祭壇が設けられ、厳粛なムードが漂う。
ガイドさんによると年々見物者が増えており、今年は特に多いそうです。
祭祀場は広くないのでキャパシティが限界かも。
ちなみに、祭壇前の通路は神様の通り道。祭祀中はここに立ってはいけません。カメラに夢中のおじさん達が神主さんに注意されました。
次に、総代さんたちが四方拝。塩や御神酒などを撒いてお清めをします。
そして、この祭祀のメインとも言うべき、巫女さんの舞。
優雅ですね~。
見物者が多くて写真を撮るのに苦労しました。
舞の後には、江戸時代、見沼の通船堀を行き来する船頭たちに唄われてきたという「舟歌」と和太鼓が奉納されました。
最後は、神主さんや総代さん、巫女さん達と龍神が公園を半周し、女體神社に帰って終了となりました。
境内では、社殿をバックに関係者の皆さんが集合写真。
我々見物者も記念に撮らせていただきました。
帰途、公園に寄ると役目を終えたビニール龍がぐったり。
お疲れ様でした!
祇園磐船龍神祭、とても良かったです。あまり大々的ではないところも個人的に好きです。
来年は龍の担ぎ手として参加してみたいですね。
興味をもった方は、来年訪れてみてください。
それでは、また。
氷川女體神社のアクセス
JR武蔵野線「東浦和駅」より国際興業バス「芝原小学校」下車、徒歩10分。