片埜神社 大阪府枚方市
「嫁いでみてわかった!神社のひみつ」の著者岡田桃子さんがいる片埜神社へ
神社めぐりにはまって、神社に関する本を探していたときに見つけた、祥伝社黄金文庫の「嫁いでみてわかった!神社のひみつ」。
著者は、大阪府枚方市にある片埜神社(かたのじんじゃ)で権禰宜をされている岡田桃子さん。東京でフリーの取材記者をしていた彼女が、代々片埜神社の宮司を務めている岡田家に嫁ぎ、神社の内側を書いたとても面白くて読みやすい本です。
片埜神社は、たいへん歴史のある古社で、「延喜式」にも名を連ねているほど。由緒書きによると、垂仁天皇の時代に、出雲国の豪族野見宿禰(のみのすくね)が、当麻蹴速(たいまのけはや)との相撲に勝ち、恩賞として河内国の交野郡を拝領し、出雲の祖神である素戔嗚尊を祀って土師(はじ)氏の鎮守としたことが始まりとされています。
その後、平安時代中期に、野見宿禰の後裔である菅原道真を併祀。戦国時代になると度重なる兵火で荒廃してしまいますが、豊臣秀吉によって修復され、大坂城の艮(うしとら)の方角に当たることから鬼門鎮護の社として尊崇されました。
岡田さんがいる片埜神社に一度お参りしてみたかったのですが、10月9日に京都平安神宮で行なわれる柴咲コウのライブチケットが取れたので、この機会に訪れることにしました。
10月8日(日)、7時20分の新幹線で東京駅をいざ出発!
京都駅でJRみやこ路快速に乗り、東福寺駅で京阪電車に乗り換えて、10時35分、最寄駅である「牧野駅」に到着しました。
川沿いを歩き、橋を渡って住宅地の中を進んでゆくと神社に着きました。駅から徒歩5分と近いです。
鳥居をくぐり、境内へ。
まずは、手水舎で手と口を清めます。
正面にある拝殿。
お参りしたときは、ちょうどお宮参りで拝殿内では宮司さんが祝詞を奏上していました。
本殿は、慶長七年(西暦1602年)豊臣秀頼が片桐且元を総奉行にして再建したもの。三間社流造、檜皮葺。桃山時代の華麗な様式を示しており、国の重要文化財に指定されています。
参拝後は、御朱印をいただきに社務所へ。声を掛けると、眼鏡をかけた女性の方が窓口に来ました。岡田桃子さんでした。感動です!
少しお話しした後は、境内を散策。
手水舎近くにある「神牛」の銅像。
境内にある稲荷社。毎月1日と15日の「おついたち」、社の扉が開かれ、夜、燈籠にろうそくの火が点されます。本の中で、その「おついたち」の日、飼い犬チルーが社の前でキツネの像を怖がって吠えている場面を思い出す。
鬼門除けの神社なので、大きな鬼の面があります。
ちなみに、節分の豆まきでは「福は内、鬼は内」というそうです。
絵馬も鬼です。
大阪府指定文化財の「東門」。室町時代の様式を伝承しているそうです。
10月14日と15日は、例大祭である「秋まつり」。このお祭りの様子も、本に書かれていたなぁ。
お祭りになると、境内はたくさんの人で賑わんだろうな。露店で買ったたこ焼きとビールを飲み食いしながら、懐かしいまんが映画を見るのも良いなぁ。人生を終える前に必ず来るぞ。
最後に、神社の隣りにある公園へ。
ここには、大和朝廷の支配を拒み続け、勇敢に戦った蝦夷の「アテルイ」と「モレ」の首塚があります。こちらも本に書かれていて、訪れたかった場所です。
石碑は、有志の方々の寄付で建てられ、揮毫は、坂上田村麻呂ゆかりのお寺である京都清水寺の貫主によるもの。
一人のアテルイファンの女性が発起人となって行なわれた「慰霊祭」がきっかけとなり、今や立派な石碑が建つまでになりました。自分以外誰もいない静かな公園で、一人で感動していました。
片埜神社の御朱印。
片埜神社へのアクセス